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キリマンジャロ。

溜り場で登山の話になった。

アキバ系のイメージを払拭するために、二年前に書いた記録をのっけようと思います。

ROとか一切関係ないし、内容もとくに面白くないけど、多分俺の中では人生最大の感動秘話!
めちゃめちゃ長いので、興味のある人だけどうぞ。






2/9出発 日本~チューリッヒ

2月9日7時半、いよいよ出発。
兄貴の運転で羽田へ。道中は、早起きのせいでうつらうつら…
一時間ちょいで羽田到着。激励を貰い兄貴は帰宅。

11時フライトまで、朝ご飯を食べて本屋に行った後、ファーストクラスのラウンジに行った!あ、ちなみに俺はもちろんエコノミーだけど、親がファーストクラスで、同伴で入れた感じです。
なんかお洒落で、オードブルとかあってすごかった。あと、櫻井さんが綺麗だった。

そんなこんなで、11時搭乗開始。隣の席に誰がくるか期待してたけど、外人のおっちゃんでがっかりだ。
フライト時間は12時間ちょい、飛行機の中ではROUGHとACCEPTっていう映画見た。なかなか面白かったかな。もこみちかっけぇ。
後は、親指さがしとダメな人のための名言集っていうの読んだ。相変わらず山田悠介は文才がない。なのに読んじゃう不思議。これも文才か。名言集は、皮肉と毒がある感じでなかなか面白かった。

で、日本時間23時30分ごろ、現地時間では3時半ごろスイス、チューリッヒ国際空港に到着、ここで一晩泊まってナイロビへ行く。とりあえず外人ってかっこいいしかわいいよね、うん。目の保養になるわー。
泊まったホテルはヒルトンホテル。やべ、超広いこんな部屋に一人とかやばいわ。彼女と来たいね、いないけど。

あと、お風呂にアヒルさんがいて和んだ。

そんなこんなで、時差とかもあって7時過ぎには爆睡した俺でした。


2/10経路チューリッヒ~ナイロビ

時差のせいもあってか4時くらいに目が覚める。
すごい素敵な夢を見た。英語会のあの人やら、あの子やらがでてきて楽しかった。
朝食が6時、チェックアウトは6時半。時間はまだまだある。とりあえず、アヒルさんと戯れるべくシャワーを浴びよう。なんだか自分が映画の登場人物になった気分。素敵なシャワールームだったわ~。
その後、部屋を片付けて身だしなみ整えてたら5時半くらいになったので、少し早めに朝食に向かう。バイキング形式でなかなかおいしかった。でもやっぱり米が欲しい俺は日本人。

6時半にホテルを出て空港に向かう。またもや俺はエコノミー、親は今回、ビジネス。無事に一人でチェックイン。多少なりとも英語が喋れる俺で良かった良かった。ドイツ語はさっぱりです。

その後はまた親に同伴でラウンジへ。親父からキリマンジャロについての話を色々聞く。
どうやら水を持って帰るのは不可能じゃなさそうだ。

で、9時10分搭乗開始。今度こそ隣に可愛い外人さん来ないかな!…やってきたのはいかつい黒人のあんちゃんでした。こえー。
しかもビールをがぶがぶ飲んでおります。絡まれたらどうしよ…。とか思ってたらいきなり腕掴まれた!やばい、逃げろ、落ち着け、逃げ場がないぞ。


ボブ(仮名、以下ボ):へい!
俺:い、いえす…?
ボ:どこに行くんだい?
俺:ケニアです。
ボ:何しに行くんだ?
俺:キリマンジャロ登りに行きます。
ボ:おいおい、お前は間違いをおかしてるぜ!
俺:え?
ボ:キリマンジャロはケニアじゃなくてタンザニアに属してるんだよ!!
俺:な、なんだってー!
ボ:キリマンジャロだけじゃなくて、ほとんどの山がタンザニアに属してるのさ。なの
に、面白いことにキリマンジャロを見に行くやつはほとんどケニアに行くんだ。
俺:おぅ、りありぃ?
ボ:俺はタンザニア出身なんだが、アフリカのそこらへんの国でコミュニティを作っててな、ケニアもタンザニアも入ってるんだが、ケニアに利益が行きやすくなっちまってるのさ。タンザニア人の失敗でもあるんだが…。(理由も言ってたが聞き取れず)お前さんも、キリマンジャロ登るのに金払ってるだろ?
俺:はい
ボ:その金も、タンザニアじゃなくケニアに行ってるんだ、おかしな話だろ?
俺:いぇぁー

などとアフリカの情勢について語られた。でもキリマンジャロがタンザニアにあることくらい知ってるよ、ボブ。さておき、ボブは母国思いの良い奴だった。殴られなくて良かった…

その後もちょくちょくボブに話し掛けらた。わかったことはボブは29歳。でも若く見える。甘いものが苦手。甘いもの大好きな妹がいる。窓から別の飛行機が見える度に俺に教えてくれて、手を振るお茶目な一面も。ボブの父親はキリマンジャロの近くにあるモヒ(発音あってんのかな…)って街でホテルを経営してるらしい。
などなど。とりあえずボブはいい人でした。

後はアイスエイジを観た。なかなか面白かったかな!こてこてなギャグ好きな俺は笑い堪えるのに必死だった。

そして18時05分(チューリッヒ時間)、現地時間で20時05分ナイロビに到着!日本時間では2月11日の2時くらいかな。その後、荷物を降ろして現地ガイドさんと合流、セレナホテルへ。

またまたこんな良い部屋に一人だよ。でも、やっぱりチューリッヒのが綺麗だったかな。
そんなこんなで、23時前には眠りにつく俺でした。


2/11サファリ

また5時くらいに目が覚める。そしてまたまた夢を見た。すごく良い夢、甘い夢。二日連続で夢見るなんて珍しい。今日の朝食は6時半からだ。しばらく夢の余韻に浸ってよう…。

で、気付いたら6時半。朝ご飯を食べに行った。想像してたよりずっとおいしい食事だったわ~。満足満足。

その後、8時にチェックアウトして車でアンボセリ国立公園へ。公園のゲートにて、マサイ族がめっちゃ押し売りしてきた。いやぁ、商魂たくましいわ。中に入ったら、さっそくキリンがお出迎え。ゼブラとかフラミンゴとかいっぱい!デジカメで写真撮りまくった。
あと、地平線ってものを始めてみました。広大だ。

そして12時45分、アンボセリセレナロッジに到着。昼食を食べて一息。15時30分よりサファリツアーへ。もう写真とりまくりね。象、ヌー、バッファロー、ガゼル、猿。野性の動物たちはすげー。

そんなこんなで、18時半ロッジに帰着。夕飯は19時半から。それまでの間、シャワーを浴びて小休止。夕飯を食べたらそのまま疲れで寝てしまった。


2/12

もはや目覚ましがいらない体完成。5時起床。夢も順調に見続けてます。またもや良い夢でした。しかもアダルティック。てへ。6時半の朝食までだらだら。

朝食が終わったらすぐにチェックアウト。7時15分、アンボセリにさよなら。朝のサファリは、夕方とは違って静かでした。そのままサファリも後にして、ケニアを越え、タンザニアへ。ひたすら車で走る、走る、走る。

途中、アリューシャホテルで昼食。だんだんご飯が口に合わなくなってきた。まぁ全然食べれるけどね!

で、その時親父とキリマンジャロの話。
キリマンジャロって頂上が二ヶ所あります。一ヶ所は、政府が頂上と認定している、ギルマンズポイント。もう一ヶ所が、標高で言ったら真の頂上になるウフルピーク。
親父いわく、「10人いたら、ギルマンズポイントまで行けるのが6人、ウフルピークまで行けるのが3人。頂上まで行けるかどうか、山が人を選ぶんだよ。」

その後、しばらく行くと、とうとうキリマンジャロが見えてきた。果たして俺は、あなたに選ばれることができるでしょうか?

そして15時半、キリマンジャロ麓にあるキボホテルに到着。パッキングなどをしなおす。

19時半に夕飯。あれれ?アリューシャホテルよりおいしいよ。とゆーわけで、俺の食糧問題は無事解決しました。ダイニングの壁に、今までキリマンジャロを登頂した人たちのサインがいっぱいかかってた。親父のサインも発見。俺の名前もかならず…。

その後は、9時すぎにそのまま就寝…。いよいよ明日からだ。

2/13

今日の予定起床時刻は7時半。目が覚めた時間が5時すぎ。もはや無敵。日本じゃ考えられないね、うん。

8時から朝食を食べた後、マラングゲートっていうキリマンジャロの登山口まで歩きました。だいたいホテルから往復で3時間くらい。

キリマンジャロを登るうえで最も気を付けなければいけないのが高山病。そのために、高度順化って言って、体をその標高の気圧にならしていくことが必要。今泊まってるキボホテルで、だいたい標高が1500弱。本格的な登山は明日からだけど、今日も非常に重要でした。

で、12時前くらいに戻ってきてお昼を食べた後、ちょっとお昼寝。3時くらいに目が覚めて、明日からお世話になるガイドさんに会った。ウフルピークまで、お願いします。

その後、近くのモシって街までドライブに。アフリカの都会。ん~、現実感が薄いや。

で、6時すぎに帰ってきて7時半からご飯を食べて、就寝。明日からキリマンジャロ突入だ。


2/14

バレンタインだ。気になってたあの子から本命チョコもらった。なんてことはなく、いつもどおり5時くらいに目が覚めた。

今日の予定起床時間は7時。それまで、荷造りやパッキングの再確認。7時45分から朝食を食べて、即チェックアウトしてマラングゲートへ車で向かう。

ポーターやガイドの人と合流して、入山手続きをした。う~ん、やっぱ10代はおろか20代すらいないや。ただでさえ東洋人で目立つのにこの若さじゃぁ余計目立つな。恥ずかしい。

で、10時40分いよいよ登山開始。ゆったりとしたペースで登り続ける。早いペースで登ると3000から上に行ったときに一気に高山病になってしまうらしい。

初日、これといった難所はなく体力的にも余裕はある。けど、ここからもう勝負は始まってるんだ。逸る気持ちを抑えてペースを整えるのも、大事。

で、4時間かけて14時40分、標高約2700のマンダラハットに到着。ちょっとお茶飲んで休憩して後、高度順化のため、近くのクレーターまで50分くらいの散歩。風がすごく気持ち良いね。色々、考え事をした。授業、英語會、趣味、友達、家族。やっぱり心の状態が普段とは違うなって思いました。

で、夕飯の時間までは一緒に登ってる鶴田さんって人にいろいろ話を聞いた。この人は父親の友人で、鍼灸師をやってる人で、人間の体についておもしろい話をたくさん聞けました。

で、夕飯。山の上の食事なのになかなかどうして。しかも量がめちゃ多い。こりゃー日本から持ってきたお菓子食べる余裕なんてなさそうだな。

そして夕飯が終わったらそのまま9時ごろに就寝しました。


2/15

夜中に何回か目が覚めたような気がする。そんな感じで5時半ごろ起床。6時ごろにお茶飲んで7時から朝食。うん、悪くない。

朝食が終わったら荷造りして8時ごろにマンダラハットを出発。高山病にならないように、ゆっくりゆっくり。高山植物や景色を楽しみながら歩いてく。Ever Lasting Flowerっていう花が印象ぶかかった。

で、11時半ごろに途中のベンチで昼食。うめー。食い過ぎた。午後歩くのに支障でそうだ…。

なんてこともなく、無事に13時50分ごろ標高約3700mのホロンボハットに到着。ここにきて体調に問題発生。高山病は大丈夫。呼吸法と歩き方には細心の注意を払ってきたから。
お腹が…。やっぱり貧弱な俺にはこっちの食物は大量に受けとめるだけのパワーがなかったらしい。夕飯までの間は2回トイレに。うーん…。
気合いで夕飯食べてまたトイレ。うーん…。

てことでさっさと横になって就寝しました


2/16

またも夜中に何回か目が覚めた気がする。今日は星空と日の出を見るために5時ごろ起床。

う~ん、いいねいいね。綺麗だね。星空は撮れなかったけど、日の出はばっちり写真に収めました。やっぱり、この瞬間こそが山にきて良かったって思える瞬間だね。

ていうか腹痛いんですけど。

で、朝ご飯食べてトイレ行ったら出発。今日は高度順化のみの日。8時40分にホロンボハットを出て、標高約4000mのゼブラロックってところまで2時間ほど。腹いてぇ。キリマンジャロがすっごい綺麗に見えたけど、腹いてぇ。

で、帰り道はペースとか無視して即効ホロンボハットへ。トイレに駆け込む。うわぁ…。
これはまずいんじゃないか?

一段落してトイレから出たら父親が知らないガイドの人と話してる。誰だろう、どっかで見た顔。どうやら反町が登ったときのチーフガイドらしい。なるほど、テレビで見たのか。

で、昼食までの間にお腹を父親に相談。しばらく様子見になりました。昼食は普通に食べる。

昼食後、鶴田さんがお腹を見てくれた。プロの整体師はすごい。御灸針っていうのを何か所かにうってもらった。どうやらお腹だけじゃなく、呼吸器と心肺機能も弱ってたらしい。針打ってもらって即効で当面の不快感が消えた。あとは昼食がどんな形で出てくるか!!

しばらくまったり休んでたら、ウフルピークから帰ってきた人が同室でやってきた。アメリカに住んでるタンザニア人の人。すごいキサクな人で、興奮気味にウフルピークまで行って良かったって言ってきた。たとえお腹壊してても、薬でもなんでも飲んで絶対にウフルピークまで行ってやる。

とか意気込んでる矢先にまたトイレに駆け込む俺。…神様。

でも、さっきよりは落ち着いた気がする!鶴田さんいわく、悪いものを全部だすように働いてるから後数回トイレに行った後はすごいすっきりするらしい。

で何回かトイレに行った後、確かにすっきり。落ち着いた感じ。とか思ってたら夕飯の時間に。うはー、刺激つえー…。ってことであえなく元のモクアミ。

結局薬を飲んでおやすみなさい。


2/17

夜中、トイレに起きる。でも薬が効いててでない。なんかしょんぼり…。

で、いつものように5時半くらいに自然起床。父親に相談して朝昼食は抜くことに。かわりに日本から持ってきたインスタント味噌汁を飲んだ。うめぇー。

で、朝ご飯の後にまた薬を飲んでホロンボハットを出発。6時間かけて14時前にキボハットに到着。標高約4800m。初めて気圧と酸素濃度で苦しくなる。しかも背中が異常に痛い。鶴田さんに相談するも痛みはひかず。湿布と痛み止めを飲んでなんとか落ち着かせる。

で、今夜23時にとうとうギルマンズポイント、ウフルピークをめざす。え?なんで夜中に出発かって??俺が聞きたいよ。

なので、17時くらいに夕飯を食べた後、胃腸薬と鎮痛剤と湿布を貼って22時まで就寝。なにこの薬中。

起床したら、お茶と軽食を食べていざ出発。俺は胃腸薬と鎮痛剤と湿布を再びだったけどね。

続きは18日へ。

2/18

17日23時、星灯りだけじゃぁ見えるわけもなく。懐中電灯とかヘッドライトとか各自で。
俺はヘッドライトでした。

ていうか、電灯つけても暗い。自分の一歩先しか見えない。ふと左を見ると崖。いや、恐いって。

前半はなんとか呼吸も良い感じにできてわりかし良い感じのペースで登ってく。背中の痛みも、お腹の調子も、薬漬けのおかげでなんとかなってる感じ。

でもやっぱり、一筋縄で行くわけがない。地獄の後半戦の幕開け。異常な睡魔と過呼吸が俺に襲い掛かる。3歩歩いて、30秒立ちながら眠りそうになって、また5歩歩いて、1分止まって、頑張って10歩歩いて、5分間座り込んで・・・
途中で父親とサブガイド、鶴田さんは先に行ってしまう。俺のことをガイドに託して、父親は父親の目的を果たしにいった。

ふと、上を見上げる。まったく先が見えない。気持ちが折れそうになる。

正直、何度も途中で諦めようかと思った。ガイドに、もうこれ以上歩けない。帰ろうってホントに言いかけた。
でも、ここで妥協したくない。ここで負けたくない。俺は一人でここまで来たわけじゃない。父親に、母親に、兄貴に、鶴田さんに、友達に、ガイドたちに、色んな人に支えられながらここまで来た。

俺がここで諦めることは、もう俺一人の問題じゃない。

途中で父親が俺に言った言葉をふと思い出す。

「ここまで来たら、あとは気持ちの勝負だぞ」

そう、いつだって限界なんてものは気持ちの問題。右足を前に出す。左足を前に出す。左手で、右手でしっかりストックを握り締める。

・・・大丈夫、俺の体はまだ歩ける。まだ登れる。

もう、背中の痛みも、お腹の調子も意識からは飛んでいた。

ただひたすらに、足を前に出して、崩れそうな体をストックで支えて、前へ、前へ、上へ、上へ・・・

ふと、今までの砂利道が岩場に変わる。上を見上げる・・・
そこには、ギルマンズポイントって書かれている看板があった。気付いたら、涙を流してた。なんで自分が泣いてるのか、全く分からない。自分が今、どんな感情を抱いてるのかすら分からない。

ただただ、涙が止まらなかった。


正直、体力は限界に近かった。でも、どうしても行きたい。ウフルまで行きたい。父親は俺を置いて先に行ってしまった。だからこそ、俺が大丈夫だったってことを見せてあげたい。

ガイドに、ウフルに行きたいと伝えてみた。
返事は予想外のものだった。

「お前ならウフルまで絶対に行ける。俺が連れて行ってやる」

俺はいいガイドに恵まれました。

そこからは、まさに怒涛だった。眠気も、背中の痛みも、お腹の調子も、自分の体力さえも、全てを忘れてひたすらに歩き続ける。何かが自分の中で弾けていたんだと思う。

ふと、空を見る。もう朝日が昇る寸前だった。視線を前に戻す。見覚えのある人影を見つけた。俺は一生、あの時の父親の顔を忘れない。

そこからは、父親と一緒にウフルまでゆっくり、ゆっくり歩いていった。一時間ほどして、一緒にウフルに辿り着いた。

また、涙が溢れてきた。今度は、ちゃんと自分の感情を理解できた。抑えきれない感謝が涙になって溢れ出してた。

どうしても、言いたい言葉があった。父親に、言わなきゃいけない言葉があった。

「お父さん、ありがとう」

こんなに思いをこめた「ありがとう」は、初めてだと思う。





はい、こんな感じで登頂までの記録でした。
下山以降の記録はすっごいgdgdしてたので綺麗に終わらせとこうと思います。
興味があったら直接聞いてください。
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No title

とりあえずボブさんが良い人だってところまで読んだ!
今日の朝の試験が終わったら続き読むよ(´・ω・)ノ

・・・ところで、 エノっさんってアキバ系だったっけ?(゚∀゚;)
ウチからすれば全然そうじゃないと思うよ!

筋金入りのヲタだってことは認めるけど(ぉ

No title

最初ギャグやよって思ってたけど…
感動した!

そして英語しゃべれるえーのぅにうらやましげな眼差しを送っておく!

また登山の話聞かせてください。
あるぴにすとーひゃっほーい!

やーまーやーまー

>弁当
ボブいいやつだったw

俺オタクじゃねーしwww
ちくしょうww

>すみれたん
登山はいいものだ!

英語なんてノリと勢いです。
ていうか、僕英語喋れません。
でもコミュニケーションはとれます。
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